資産形成と教員生活の歩み

2015年から教員として働き始めました。当時はまだ投資が一般的ではなく、教員仲間との飲み会で少し自慢げに話してしまったのを、今でも恥ずかしく思い出します。
何度か語ってきたことですが、僕が資産形成に目覚めたきっかけは「危機感」でした。子供時代の自分は、正直恵まれた環境にいたと思います。両親ともに教員で、金銭的なリテラシーこそ高くないものの、十分な収入があったため必要なものは何でも与えてくれました。ずっと続けていたサッカーのスパイクやウェアも必要以上に買い込み、高校生の頃には「SVOLME(スボルメ)」という少し高価なブランドに夢中になっていました。
大人になり、自分がどれほど恵まれていたかを噛み締めると同時に、一つの不安が芽生えました。父と同じ教員という職業を選んだものの、妻が会社員(現在は非常勤)である我が家では、僕が育ったような暮らしを再現できないのではないか、と。お金を理由に子供の選択肢を狭めたくない、そして自分自身の選択肢も狭めたくなかったのです。
当時の僕は担任としての力が不足しており、学級をうまく率いることができずに苦しんでいました。もし自分の力でクラスをしっかりまとめられていたなら、ずっと教員として働き続ける未来を描けたかもしれません。しかし現実は甘くなく、「いつか限界が来て働けなくなるのではないか」という予感がありました。子供時代の生活水準を保てなくなる恐怖と、仕事に対する強い不安。この2つが、僕の投資へのモチベーションとなりました。
投資の試行錯誤と痛烈な学び

投資を始めた当初は無知そのものでした。何が良い商品でどこを見るべきかも分からず、楽天のランキング上位にあったファンドを買うところからスタートしました。今ほど情報が溢れていない時代だったため、がむしゃらにWebサイトを巡って情報を集めました。
初めて買った個別株はMUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)です。当時は株価800円ほどで、超低金利時代の中で割安のまま放置されていた時期でした。あの時にしこたま仕込んでいれば……今頃は大金持ちだったでしょう(笑)。
投資を続けていると「あの時こうしていれば」という後悔は山ほど出てきます。しかし、身の丈に合わない投資は自滅の道です。大きなリターンを狙って鼻の下を伸ばすほど、「高値掴み」という魔物が襲いかかってきます。直近でも「これからはフィジカルAIの時代だ」と調子に乗ってNISAの成長投資枠で買った株が、今や凄まじい含み損を抱えています。「これで未来安泰だ」と浮かれ、特定口座ではなく貴重なNISA枠を無駄に使ってしまい、今年の枠を使い切ってしまいました(笑)。
買い始めた頃は株価の乱高下に一喜一憂していましたが、ある時期から数字に振り回されなくなりました。まずは現状を把握するため、毎月の収入、クレジットカードの利用額、細かい支出の数ヶ月分をすべてExcelに落とし込み、「継続的な支出」と「単発の支出」に分けて徹底的に見つめ直しました。その後、ETFという仕組みを知り、例えばVOOであれば構成比率を調べ、自分の資金で何円分投資できているのかまで細かく計算しました。
「教員以外の自分」を模索したインプット

教員になりたての頃もそうでしたが、投資を始めた頃も本を読み漁りました。当時近くにあった大きな市立図書館に通い、金融系の本を片っ端から借りました。
1.資産形成と僕の出会い
一番最初は、一冊の本に出会ったところから、資産形成に本気で取り組み始めました。この一冊がなかったら、今の僕はいないと断言できるぐらい、僕にとっては衝撃を受けた本です。
- 収入の10分の1を貯金せよ
- 欲望に優先順位をつけよ
- 蓄えた金を働かせよ
- 危険や天敵から金を堅守せよ
- より良き家に住め
- 今日から未来の生活に備えよ
- 自分自身を最大の資本とせよ
2. FIRE・早期リタイア・自由な働き方
FIREブームの火付け役となった4%ルールとポートフォリオ戦略。
副業やマインドセットまで網羅した包括的なFIREロードマップ。
日本の高配当株・増配株を中心に30歳でセミリタイアを達成した具体的なプロセス。
単なるリタイアにとどまらない、自由と主体性を手にするための思想。「主体性」こそが人生を拓く。
収入を下げて暮らしのサイズを縮め、豊かに生きる「減速」の提案。
3. 資産形成・投資手法(実践ノウハウ)
データ分析に基づいた「ただ買い続ける」インデックス投資の真髄。
米国高配当株ポートフォリオによる堅実な資産運用。
初心者から実践者まで押さえておきたい資産運用の基本方針。
自分の資産フェーズに合わせた最適な戦略を提示する実践書。
4 お金の本質・人生観(マインド・マネーリテラシー)
資産と負債の違い、ラットレースから抜け出すためのお金の哲学。
金融資産・人的資本・社会資本の3バランスで見る幸福の構造。
資産を残さず「体験」にお金を使い切る、人生を最大化するお金の使い道。
お金を通じて社会の循環や価値の本質をストーリー仕立てで理解する本。
同時に、僕は「教師以外の何者か」になろうと必死でした。ブログを開設し、X(旧Twitter)での発信を始め、投稿に反響があると素直に嬉しかったのを覚えています。ブログは将来の資産になればという思いもありました。
読書もビジネス路線へと広げ、山口周氏や犬飼ターボ氏などの著書を読み込みました。他の教員が指導法や教育書を読み漁る時期に、僕は全く異なる視点でビジネス書を読んでいたのです。
しかし、そこで得た気づきは教員としての仕事に大きく還元されました。「幸福には3つの資本が必要であること」「タルムードの教え」「ロングゲームの重要性」「トレードオフの概念」「最速で失敗せよという考え方」――これらはすべて、学級経営や自身の仕事論として応用できるものばかりでした。何がどこで仕事に活きるかは分からないものです。
本で得た考え方が自分の中で腹落ちし、完全に「己の武器」となった時、仕事の状況も劇的に好転しました。あれほど悩んでいたのが嘘のように周囲の評価が変わり、成果を出せるようになったことで仕事の裁量権も一気に広がりました。その結果、異例とも言える30代で教務主任に抜擢されたのです。
葛藤と、夫婦で歩んだ資産形成

教務主任という要職に就いたものの、心の中には「担任として現場で燃え尽きたい」という情熱も残っていました。人にはない自分の強みを活かせる教務主任を続けるか、代わりは多くとも喜びや手応えが大きい担任に戻るか。悩み抜いた末、僕は自分の感情を脇に置き、組織に尽くす道を選びました。2年間、どこか燃え切らない日々を過ごしながらも仕事にエネルギーを注げたのは、裏で資産形成が順調に進んでいたからに他なりません。
資産形成を始めた当初は、自分の車のローンや奨学金の返済を抱えていました。さらに妻の車も購入したためローンが増え、賃貸暮らしの光熱費や通信費などでお金はどんどん飛んでいきました。全く貯まらない日々でしたが、それでも一円単位で妻と共同管理を続けました。
お互いが出費をするたびにスプレッドシートへ記録。もともと質素倹約家だった妻の協力もあり、夫婦で節約意識を高めることができました。現在は「マネーフォワード ME」を使っていますが、媒体は何であれ「記録して共有する」という行為そのものに価値があります。お金の状況を夫婦で一円単位で透明化することは、円満な関係を保つ上でも決定的に重要でした。
現在、非常勤として働く妻と僕とでは手取り額に差があります。しかし、だからといって僕が自分のお金を多く取り置くのは妻に対して面白くないでしょうし、何より人生を共にするパートナーに対して失礼だと考えています。お互いが対等だからこそ、同じ未来を描くことができるのです。
僕は自分で稼ぐことの大変さを知っています。ブログのマネタイズ構造も妻と一緒に構築したため、その苦労がよく分かります。だからこそ、妻が自身のYouTubeチャンネルを収益化させ、自分の力で稼いでいることを心からリスペクトしています。将来、妻の収入が僕を上回る日が来ても一等構いません。そうなった時でも、歩みを合わせて同じ未来を描いていける関係を築いてきたつもりです。
資産がもたらした変化と、これからの生き方

資産額のマイルストーンを50万、100万、500万、1000万、1500万と刻んでいくたび、自分が少しずつ「何者か」になれた気がしました。そして面白いことに、資産が増えるほど「お金持ちへの憧れ」は薄れていきました。
1,000万円貯まれば人生は安泰で、すべての悩みは消え去ると思っていました。しかし現実は違います。確かに日常で大切にする対象は変わりました。お金そのものよりも、仕事のやりがい、感謝の言葉、関わる人の笑顔、心の安定や健康といったものが意識の中心になっていきました。しかしそれもすべて、「資産」という揺るぎない安全領域(セーフティネット)があるからこそ思えることです。だからこそ、僕はこれからも資産を安易に減らしたり、無駄な大金を使ったりすることはないでしょう。
一定のラインを超えると、資産は雪だるま式に「自己増殖」を始めます。最初は小さな雪の塊でも、大きくなれば一回転で付着する雪の量が増えるのと同じ原理です。借金はゼロになり、将来に対する漠然とした不安は消え去りました。
だからこそ、いま「この先の選択」に悩んでいます。
自己増殖する金融資産を持ち、教務主任として職場での影響力も手に入れた自分が、これらをどう組み合わせて生きていくべきか。
裁量権を捨てて労働時間を減らす道を選べば、日々の達成感は薄れてしまうでしょう。仕事への熱量や人との繋がりを維持しながら、より深い感謝や良好な関係性を築ける働き方をしたい。
僕が考える最大の喜びは、「地域と共に生きること」かもしれません。僕が暮らす地方社会は小さな世界であり、一つの小学校という狭いコミュニティの中で生きています。その小さな世界の中で、何度も顔を合わせる人々(子どもへの教育、障害児への療育、高齢者への介護、保護者同士の繋がりなど)のために力を尽くすこと。
自分が最終的にどこを目指すのか、まだ明確な答えは出ていません。それでも、積み上げてきた資産と経験を糧に、模索を続けていきます。










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